死者の日を祝う

読者へ

皆に知ってほしい私たちのメキシコが持つ多くの伝統の一つについて少し話したい。メキシコの様々な都市や家庭では、死者の日のお祝いは愛と献身によって飾られるだろう。死者の日は2008年にユネスコによって世界無形遺産として認められた、植民地時代より前に起源を持つメキシコの伝統である。MEXICO DESCONOCIDOに基づいて、15州の様々なユニークな祝い方を紹介する。この情報は、チワワから始まり、サン・ルイス、ケレタロ、ミチョアカン、メキシコ、ゲレーロ、プエブラ、ベラクルス、オアハカ、カンペチェそしてユカタンなどの地図で示されたような州を家族で回るのを手助けすることでしょう。他にもこの祝祭で最も認知されている10皿、祭壇に供えるべき重要なもの、そして祭壇毎の段数についても紹介する。まずは州とそのユニークな祝い方から見ていこう。

1.ハナル・ピクサン、メリダ、ユカタン

このマヤの祭典は最も歴史のあるものの一つだ。スペイン語での意味は「霊魂の食事」で、主要な目的は故人を歓迎することだ。祝宴の初日は10月31日でウ・ハナル・パラルと呼ばれる。11月1日にはシュペロン(現地の美味しい豆)のタマーレスの蒸気とパパイヤのお菓子を楽しみに大人の霊魂が訪れる。11月2日には霊廟は先に逝ってしまった人に捧げるミサであるウ・ハナル・ピクサノーブに参加する信者で埋め尽くされる。

2.クアジュイニクイラパの悪魔のダンス、ゲレーロ

ゲレーロのコスタ・チカの芸術的な表れが、どこでどのように生まれたのかを知らない。副横領の時代の連れてこられたアフリカの奴隷の典礼の伝統にルーツがあるとするなら、現代はメキシコの最も特殊な祝い方の一つになった。全ては10月31日に、クアジュイニクイラパの墓地で始まる。11月2日、故人が祭壇に来るのを望む人たちは、悪魔を家で踊らせて、タマーレス、ポソレ、フルーツを食べに、またジュースか何かしらのリキュールを飲みに誘わなければならない。日没になると、愛した人を忘れないようにしている人とダンサーたちは、ろうそく、カラフルな花、音楽と共に祝祭を閉じるために霊廟まで列をなす。

3.サン・アントニオ・テコミテルの泥の像、メキシコシティ

サン・アントニオ・テコミテルはミルパ・アルタの地区の12の元の町の内に一つで、首都の南にある。周辺の町のように、都会の集団からは近いが伝統を弱めるには遠かったのが、町を強化した。メキシコシティの最も独特な死者の日の祝い方の一つは、約40年前に生まれた。創造性と記憶を形にする必要に駆られた住人が、愛した人の墓の上に泥の像を彫り始めた。この慣習はまだ続いている。現在は毎年11月1,2日は掃除し、自分の作品に息を吹き込むための土を集めるひとの姿が霊廟で多く見られる。

4.ポムチの死者の日、カンペチェ

カンペチェの約70キロ北東に、美味しい手作りパンと、死者を祝う方法が有名なマヤの村のポムチがある。愛する人の死から3,4ヶ月経つと、遺体を発掘し、刺繍された薄い布で覆われた木の箱に入れることが習慣とされていて、それは州の繊維の習慣だ。後にその小さな箱は、マヤの墓地のようにカラフルで密な町の霊廟の納骨堂に置かれる。

5.アロクティンの魂祭、ミチョアカン

パツクアロの湖を囲んでいる地域では死者の日の祝い方は豪華だ。その理由は、プレペチャ村の大昔から伝わる領域の一部を成し、カラフルなろうそくによって故人に対する愛情を示すからだ。アロクティンの小さな集落も同じだ。パツクアロの湖の南西の岸にありハラクアロ島の近くに位置しているその地域では、人口の多くは漁業に従事している。国の良い地域とは反対で、その村の墓地はアトリウムにあるが、無原罪の御宿りに捧げられたきれいな教区にある。そこには10月31日から子供を弔うために親族が集まる。11月1日と2日には炎のような色のマンジュギクに覆われた木の骨組みの墓を飾るのと同時に、成人してから亡くなった人にお悔やみを述べる。他にも小さなかすみ草やカーネーションも多く飾られる。

6.ロス・セレモス、バジェ・デ・アジェンデ、チワワ

メキシコの最も大きな州の南にバジェ・デ・アジェンデがある。そこではチワワ生まれの死者の日に関連したユニークな伝統が行われる。ロス・セレモスと呼ばれ、11月1日に実施される。その日は子供たちはグループで外に出て、その中から一人を選ぶ。選ばれた子供は家の敷居に寝転がり、白いシーツで覆われ、手にろうそくを持つ。その間に、その友達たちは通夜を模して祈り、次のフレーズを歌う:私たちは天使、空から降りてきた、施しをもらいにきた、もし払わないのなら扉と窓がはらうだろう!

7.ムエルテアーダ・デ・エトラ、オアハカ

この派手な仮装行列の中では、オアハカの多くの地域で起こるような地区間の参加と競争も重要でだ。中心人物:サン・アグスティン、サン・ホセ、ナサレノ、グアダルーペやサン・セバスチャンの伝統的な地区の住民たちは、何週間か前から仮装の準備をしたり、11月1,2日に、地区の教区での祈りの後に、道で行進して踊るために吹奏楽団を雇ったりする。

8.ウアケチューラの祭壇、プエブラ

他の死者の日の祭典はポポカテペトル火山の南東側の近くの町であるウアケチューラの祭壇である。この祝祭はプエブラのアートと食を特徴付けるバロック式のものでいっぱいでだ。故人が事故で亡くなったのなら、その親族は10月28日から記念の祭壇を家に準備する。子供を追悼するのは31日で、一方で11月1,2日は大人を追悼する。

9.トドス・サントス、ウアトラ・デ・ヒメネス、オアハカ

10月27日から11月5日まで、この神秘的なマサテコ族の町の通りで、フルート、太鼓、バイオリンの音でダンスを踊り、故人がそれぞれの家庭に帰り、愛する人と話すのを助けるウエウエトンという人たちが行進する。祭典の初日は、ウエウエトンたちは町の霊廟に行き、木材に刻まれた老人の仮面、スカーフ、セラーペ、ホノーテのソンブレロで仮装する。この世界と死後の世界の架け橋である高貴な老人に彼らは突然変身する。

10. テンポアルのサントロ、ベラクルス

テーネック民が住んでいて、プエブラ、ケレタロ、イダルゴ、タマウリーパス、サンルイスポトシ、ベラクルスの様々な市町村から成るウアステカ地域では、死者の日の祭典はサントロとして知られている。10月の最終日から子供の死者を受け入れ、11月1日から大人のを受け入れるために祭壇を花やフルーツ、食べ物で準備をする、テンポアルという場所がベラクルスにある。

11.シャンドゥ、フチタン、オアハカ

シャンドゥのお祭りのためにフチタンの住人が作る祭壇は派手で香りが良い。シャンドゥはサポテカ語の単語で、「聖」というカスティージャ語の単語由来だ。メキシコの他とは異なり、ここでは10月30,31日に故人は遠くから戻ってきて、生きていた頃に愛していた物を楽しむ。さらに、供物や通夜は霊廟ではなく故人の家で行われる。

12.ハルパン・デ・セラのパメスの祭壇、ケレタロ

パメス、またの名をシウウイはチチメカと関係する先住民の町で、サンルイスポトシとケレタロの一部分にある。ケレタロのシエラ・ゴルダにあるハルパン・デ・セラのパメスは11月丸々先立たれた人の魂を思い出し、歓迎する伝統がある。1日から3日には、男性はアシのアーチのある祭壇を作り、女性は美しく飾り付ける。女性はまた、ゴルディータス、煮カボチャ、青トウモロコシをふんだんに使い、ラード、チーズ、そしてサルサも入れたタマーレス・デ・ムエルトを作る。8,9日は9日間の祈りを行い、故人とシェアする料理をまた料理する。故人はその月の最終日に自分の世界に帰り、その前に長い帰り道に向けてお弁当を持っていく。

13.シャヤカトランの祝宴、プエブラ

ミシュテカの町で、この祭典はむしろ死者の日の中で「祝宴」に分類されるべきだ、なぜならその文字通りであるからだ。11月1日になると故人の魂は昔の家族の元に着く。そこではカフェ・デ・オージャ、バナナ、トウモロコシ、カボチャ、真っ赤で砂糖が降りかかったパン・デ・ムエルトを朝食として食べる。

14.サン・ビセンテ・タンクアヤラブのダンス、サンルイスポトシ

ウアステカやテーネックの領域の中にサン・ビセンテ・タンクアヤラブがあり、そこは大洋の通過を示すレモンの葉のアーチ、センジュギクとフルーツで飾られた供物を乗せて死者の日を祝う。お香は常についていて、故人が好きだった食べ物や飲み物、そして人型のパン、骸骨のお菓子、月の周期と確信を表す種付きのカボチャも欠かさない。その間に広場や大通りでは、派手な仮面を被って先祖を体現するウエウエたちが踊る。

15.クイリシ-イウアツィオのアタクア、ミチョアカン

何十年か前まで死者の日の準備として10月31日にカモを狩りに行くのがパツクアロの湖の岸の住人の伝統であった。カモは槍や網で捕まえられ、故人の供物として、また生きている人の食べ物のとして提供されていた。現在、この(クイリシ-アカクアの名前の)祭式を守っているコミュニティはもうほとんどなく、イウアツィオはその中の一つだ。

México Desconocidoのサイトによると、死者の日の祝祭の代表的な10料理はこちら。

1.- グアナファトのタマレス

2.- タバスコのタマレス・コラードス

3.- イダルゴの羊肉のミクシオーテ

4.- オアハカのモレ・アマリージョ

5.- エンチラーダス・ポトシーナス

6.-コルンダス・ミチョアカーナス

7.- プエブラのサンタ・ロサのモレ・デル・コンベント

8.- オハルドレス・カンペチャーノス

9.- ユカタンのムクビルポージョ

10.- ベラクルスのパン・デ・ムエルトス

独創的な祭壇を作り始める前に、Morelianasのサイトに書いてある一つ一つの要素の意味を知ることは大切だ。

模様の穴の開いた紙(パペル・ピカード)

紫色(カトリックの喪)とオレンジ色(アステカの喪)。パペル・ピカードは、風刺画家ホセ・グアダルーペ・ポサダのカトリーナの戯画を元にした様々な色やデザインがある。

家族の肖像画

家族の肖像画は祭壇の最も高い位置に置かれ、霊魂を招く。

マンジュギクの花

ナワトル語由来の単語で、20枚の花びらという意味があり、霊魂がいる間飾り付け香りづける。国内の多くの場所では、墓から供物まで故人を誘導するため、またその逆もしかり、花びらの道を作る習慣がある。

浄化のためのもので、次の年の往復までに体を腐らせないような機能を果たす。他の浄化の要素としては灰の十字架があり、それは故人の魂の未解決の罪を浄化する役割がある。

ろうそく

揺れる炎が霊魂を昔の場所に導き、その住処への帰りまで照らす。十字架に4つろうそくを置くと、主要な四点を象徴する。それは霊魂がその道と家の方にに進む事が出来るようにするためである。

コパルとお香

コパルは先住民が神に備えた物で、お香はまだ知られていなかったが、スペイン人によって伝えられた。悪い精神を遠ざけ、環境を浄化するために使われる。

水や故人に勧められた飲み物は、長い道のりの後の喉の渇きを和らげ、帰りを元気にするために、霊魂に提供される。

食べ物

故人が好きだった食べ物は訪れにきた霊魂を楽しませる。先住民の土地の多くの祭壇で見られる料理は鶏肉のモレやドゥルセ・デ・タチャのカボチャだ。

パン・デ・ムエルトス

教会はこれを「キリストの体」と称す。様々な形に作られ、パンは祭壇の最も価値にある物の内の一つだ。

その他

他に祭壇にあるとても特徴的な物は、死をほのめかしている砂糖の骸骨だ。骸骨の考えられる起源はツォンパントリと関連づけることが出来る。それは戦争で犠牲になった人の頭蓋骨を棒に並べて列にするものだ。

祭壇と段数を選ばなければならない。最も伝統的な祭壇は七段ですが、2,3段の物もある。それぞれの段は意味がある。

祭壇の段は存在の層を表す。例えば、2段の祭壇は天と地を象徴し、3段のは煉獄が組み込まれる。

7段の祭壇は安らかに眠るのに必要なステップを表していて、この型は一番伝統的だである。

:参考文献

http://www.unionguanajuato.mx/articulo/2017/10/24/cultura/cuantos-niveles-tiene-el-altar-de-muertos
https://morelianas.com/articulos/altar-dia-muertos/
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