ピエロのピピカ:美しさのあるかたち

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メキシコにはいろいろ美しく、素晴らしいもがありますが、今回紹介するのはある人物の生き方です。

ヒルダルド・《ピピカ》・フローレス・カラスコ、通称「ピエロのピピカ」

彼は人を幸せにするという極めて重要な使命をもって生まれてきました。

彼が父から授かったあだ名である「ピピカ」は、シナロア地方では小さい目のことを示す「ピピスキス」という言葉から取られたもので、初めて抱いたわが子のそのつぶらな瞳から名付けられたのです。

ピエロのピピカはシナロア州クリアカンをはじめ、メキシコ各地でとても愛されている有名人で、彼の類まれなるピエロ芸の功績は国内でも評価が高いです。

ピピカの芸歴は長く46年になります。その芸歴の始まりは、9歳年上の兄、ホセ・アルフォンソの影響でサーカスのピエロたちと親しくなったところからでした。そして9歳でドゥラン兄弟一座のサーカスの「ボビート」という名のピエロの一座の一員になりました。こうして、彼の演じるいたずら好きで無邪気な5歳の子どものキャラクターが出来上がったのです。

そんなピピカには子供のころから心に描いていたことがありました。それは「病の子供たちに幸福な笑いを」を惜しみなく提供することです。彼には「笑いは薬になる、ポジティブな気分が、医学ではもうどうにもできない人々の回復に役立ち、生活の質の改善に役立つ」ということに確認があったのです。そして現在では、病に苦しむ子どもたちやその親たちだけでなく、医療スタッフ、看護師、ソーシャルワーカー、学生、ボランティアの人たちをも巻き込み、彼の芸や遊戯に参加してもらうスタイルを確立したのです。

毎週木曜日、ヒルダルド・フローレス・カラスコはピエロのピピカになって、朝10時にシナロア州の州都クリアカン市の社会保険庁地方病院マヌエル・カルデナス・デ・ラ・ベガ博士病院、その後正午12時にはシナロアのリゴベルト・アギラル・ピコ博士小児科病院の血液腫瘍科を回ります。また時々ですが、マサトラン港やロス・モチス市の病院も訪問します。

「おはよう、僕ちゃん、調子はどうだい」

マヌエル・カルデナス・デ・ラ・ベガ博士病院の小児科に通ずる扉の真顔のガードマンにまず話かけます。そして、小児科病棟までの道のりの間、笑顔と軽やかな話術で彼は行きかう人に話しかけていき、すれ違う人々は、彼のユーモアに抗わず、笑顔を取り交わし、写真を一緒にとります。目的地につくまでずっとこんな調子です。小児科に到着すると、まず、医療スタッフや看護師たちが、ピピカの調合した喜びの一服を受け取り、病棟全体の雰囲気がパーティームードに変わります。一方、子どもたちがプレイルームに参加できない場合は、ピピカは、笑顔でベッド一つ一つを回り、病状が長引いている子供たちや青年たちを訪ね歩くのです。それは外来患者や重篤・末期患者にも行います。ピピカのお話や、ジョーク、芸は、笑いを誘うシロップのようなものです。巧みな手さばきで、子どもたちの目の前で、色とりどりの風船を白鳥や犬や剣に変えて、温かく楽しい時を遊んですごせるようにします。「見てくれる人が幸せなっていくのを見るのが私の幸せ」と彼は言います。

ピピカの仕事はホスピタル・アートと呼ばれています。『笑いは薬』という、彼自身25年前から行い続けているプロジェクトです。最初は彼が個人的に行っていましたが、ここ10年はシナロア州文化局と連邦文化省後援のシナロアの翼と根プログラムの一環として行われています。同プログラムの目的は、芸術言語活動を通じてシナロアの子どもたちの養育と福祉に資することです。

彼にはピエロ芸の他に心理学者や理学療法士としての資格もあります。そして病に苦しむ人々の感情や環境は単純なものではないとこれまでの経験から理解しています。それらの長い経験から、患者たちの今の苦痛に同情しすぎたりせず、それよりも自分の芸で、患者たちがそんな現実から、笑って遊べる世界へと連れ出すことに集中します。それはそばに付き添う家族、医者や看護婦、ソーシャルワーカーも巻き込んで一緒になって大騒ぎして楽しみ、さながら「やさしさや楽しさの伝染」が発生するのです。

この活動の中で転機となる瞬間がいくつかあったと、ピピカは告白します。その一つは、シナロア小児科病院で癌治療を受けていた男の子のことです。末期がんのその男の子の誕生日が次の週の月曜日だったのにもかかわらず、それまではもたないだろうという医師の判断で木曜日にその子の誕生日を前倒ししてお祝いすると伝えられました。準備が整い、予定の時刻に「君が生まれたその日には 世界は花で満たされて 洗礼盤に集まった サヨナキドリが歌い出した」メキシコ伝統の誕生日の歌・マニャニータスを、ピピカのスタイルで、参加者全員で歌いました。そこで奇跡が起きたのです。驚いたことに重篤状態のその子が皆の歌声に反応し、歌のプレゼントをとても喜んで興奮したのです。あきらめかけていた担当医はその光景を目の当たりにし、治療再開を決断したのです。その後、担当医たちの努力とピピカの訪問による楽しい時間が提供され、男の子は約3か月間のやさしさと楽しさにあふれた時を過ごして旅立っていきました。

そんなピピカですが、彼の社会貢献はそれだけにとどまりません。ここ最近のピピカはシナロアの翼と根チームの一員として、シナロア州公安局の予防プログラム課に参画しています。クリアカン市などの犯罪発生率が高い地域にある小学校で、ユーモアたっぷりの講演をしています。

この有名人の数ある美徳のなかで、最も際立っているのが、飾り気がないことです。ピピカは、自分の人生の使命が、他人を幸せにすることであると確信しています。彼はそのことに幸せを感じており、これからも人を幸せにし続けていくことでしょう。彼の言葉を借りれば、そうすることで、自分の才能、自分らしさ、そして自分の人生への感謝を示すことができるからです。彼はまた、ヒルダルドとしてもピピカとしても、バランスよく穏やかでいるならば、幸せになれるとコメントしています。

「何気ない一日の終わりに夕日を見ると、自分は世界一幸せな人間だと実感できる」

クリアカンの夕日を見て幸福を感じるのはピピカだけではありません。その夕日は誇張ではなく、荘厳なまでの美しさを湛えており、そして、その美しさを実感できた今日一日の人生への感謝でもあるのです。

ピピカはメキシコの美しいものの一つです。

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