メキシコシティでの週末の過ごし方 チャプルテペックの森を訪問 パート1

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メキシコシティの中で、その豊かな自然が都会の人たちのオアシスになっているチャプルテペックの森。この森は、歴史に富み、そして魅惑的な場所として、首都のレクリエーションや文化の中心地となっています。メキシコ国内で最大の面積と歴史を誇る場所の一つであり、アメリカ大陸最古の都会のオアシスです。全体で686ヘクタールの面積のうち、290ヘクタールが緑地と湖に相当します。その内部は3つの区画に分割されていて、毎年約15,000,000人が訪れ、毎週末の来場者は約200,000人に上ります。

今月号では、このオアシスの第一区画に注目します。この区画は歴史、文化、社会という点からも重要なエリアで、275ヘクタールの面積を持ち、その中には国立歴史博物館、別名カラコル博物館、近代芸術博物館、ルフィーノ・タマヨ現代芸術博物館、国立人類学歴史博物館、別名チャプルテペック城、歴史回廊、動物園、劇場、噴水、歴史的な記念碑、考古学遺跡、レストラン、植物園、jardín de la tercera edad、2つの人造湖があります。

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そもそもチャプルテペックという単語は、ナワトル語(5世紀からメキシコで話されている言語)で「バッタの丘」という意味です。この場所にバッタが多くいたことに由来しているとも、チャプルテペック城がある丘がバッタの形をしているからだとも、あるいはこの場所の湧き水の勢いがバッタの跳躍のようだったからだとも言われています。

チャプルテペックの丘は、約2100万年の歴史があり、先スペイン期からチャプルテペックは先住民の支配者たちの住処でした。最初の住民がチャプルテペックに定着したのは3250年前で、メキシコの先史時代を代表するテオティワカン人、トルテカ人、メシーカ人(先スペイン期の最初の諸文明)が居住地とし、最後のメシーカ人は、1247年にメキシコ盆地に進出した際、まずチャプルテペックに定住しました。

そして植民地時代にはスペインの副王たちの住居となり、19世紀にはハプスブルク家のマクシミリアーノとカルロッタの邸宅、共和政時代にはポルフィリオ・ディアスからパスクアル・オルティス・ルビオおよびアベラルド・ルイス・ロドリゲスに至るまでの歴代大統領の公邸として使用されました。

チャプルテペックの森の第一区画には、入り口が12か所あります。第一ゲートは主要な大通りに一つであるレフォルマ通りに面しています。獅子門があり、1920年代に森の入り口の美化の一環として設置されました。名前の由来は、門の両側に2頭の雄ライオンの成獣のブロンズ像があるからです。一頭は口を開け、もう一頭は口を閉じており、見るものに公園の景観保護と配慮への警告を想起させます。

1970年代にメキシコシティの交通対策として内環状線が敷設されました。チャプルテペック内を通る内環状線によって分断された森とレフォルマ通りを再び連結するため、カルサダ・デ・フベントゥ・エロイカという名の歩道橋が架けられました。歩道橋の両側はメキシコを構成する32州を象徴する32本の支柱で飾られており、9月にはその一本一本に国旗が掲揚されます。この歩道橋はチャプルテペックの森の第一区画へのアクセスとして最も活用されています。

カルサダ・デ・フベントゥ・エロイカを渡り切ると、メキシコシティで最も壮麗かつ最も重要な記念碑が見えてきます。それは、祖国の祭壇(Altar a la Patria)、あるいは英雄少年たちの記念碑(Monumento a los Niños Héroes)として一番よく知られています。これは1847年アメリカ合衆国との戦闘でチャプルテペック城を防衛した士官候補生および兵士たちの勇敢な武勲を記念するためのものです。この記念碑が祖国の祭壇と呼ばれるのは、各国の首脳がメキシコ訪問時にここで敬意を表するからです。彫刻家エルネスト・タマリス氏と建築家エンリケ・アラゴン氏によってデザインされ、1952年に落成しました。大理石に黄金で碑文が刻まれており、城を防衛した英雄たちを象徴する6本の円柱が立っています。各円柱の頂には自由のシンボルの黒鷲と勝利を表す月桂冠、忠実を表す炎があります。

記念碑の中央には祖国を表す女性像と2人の若者の像が配置されています。右側の若者は祖国のために死んでいったメキシコ人たちを、左側の若者は頭を高く上げ、誇りと不屈の精神を見せており、メキシコをより良い国にするために日々奮闘しているメキシコ人たちを象徴しています。碑の裏側は霊廟、つまり威風堂々とした豪華な墓となっており、英雄少年たちのうちの幾人かとサンティアゴ・フェリーペ・シコテンカトル大佐の遺体が埋葬されています。

この驚嘆すべき記念碑の裏には「国民のキオスク(東屋)」があります。ポルフィリオ時代(1876-1911ポルフィリオ・ディアス大統領の独裁期間)に建設されました。このキオスクは切り石で造られており、八角形で、木造の屋根に美麗に仕上げた8本の円柱がついています。手すりは鉄製で床は木造です。ポルフィリオ時代に全国各地の公園や広場に多く建てられたキオスクは市民の憩いの場として、そしてレクリエーションや社交の場として活用されてきました。

キオスクの奥に見える白いプレートには、この森に棲息する植物相と動物相が描かれています。この場所の動物150種、植物150種の小展示で、それぞれの通称と学名、種の特徴と共に、この森の再生を援助したスポンサーの名前が記されています。

人工の池や湖には、3種類の魚がいます。鯉、チャラル、メクサルピケで、後者2種は固有種です。森に棲息する動物たちのうち、代表的なのが、カコミスル、リス、メキシコ固有のオポッサムです。リスは手なずけられていて、森を訪れる人たちはよくエサをやっていますが、この行為は正直称賛されていません。というのも、この餌やり行為によってリスの数が激増してしまい、もはや自然林の再生者としての役割を果たさなくなってしまっているからです。例えば、樹から採った種子を地面に埋めるのではなく、人間が与えるエサを埋めるようになり、本来の仕事をしなくなってしまっているのです。さらに常にゴミ箱をあさってエサを探しているため、人間に病気を伝染させる可能性も出てきています。

喧騒とエネルギーが満ちているメキシコシティ。そんな中で人々に癒しを与える都会のオアシス・チャプルテペックの森。皆さんも休日にご家族やご友人を誘ってチャプルテペックの森のそぞろ歩きを楽しんでは。

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