映画には「壁」はない メキシコ映画人が歩んだ道のその先

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 ホセ・ルイス・ロハス・アルダナ

メキシコ映画界はここ数 年で素晴らしい躍進を遂 げてきました。メキシコ人 の才能とイノベーションは 注目の眼差しを浴び、世界の映画界は彼ら を無視することが難しくなっています。 映画の父と呼ばれたオーギュストとルイの リュミエール兄弟が開発した映画技術を、1 896年8月6日に当時のポルフィリオ・デ ィアス大統領が、家族や友人と共にフラン スから持ち込まれたこの技術を鑑賞したと 言われています。

そして同じ年にディアス大 統領の仕事の様子や彼がチャプルテペック の森を馬に乗って散策する姿を映した、メ キシコで最初のものとされるショートムー ビーが撮影されました。ここからメキシコ 映画の歴史が始まったのです。 メキシコ映画のパイオニアであるサルヴァ ドール・トスカノが最初のフィクション短編 映画「Don Juan Tenorio」を公開したのが 1898年。それと同時に娘のカルメン・ト スカノも脚本と編集に参加した長編ドキュ メンタリー映画「Memorias de un mexicano」の撮影も開始され、1950年に上 映されました。この創成期に映画を上映す る「サロン」が全国22カ所に開かれ、伝説 的な映画館のひとつ「el Salon Rojo」もこ の時期に産声を上げています。当時の流行 は、下層階級のリアリティを描いたドキュメ ンタリー映画でした。

1908年には「The American Amussement」、「Lilo」、「Garcia、Compañia」と いった映画スタジオが存在し、1933年に 12本の映画が製作されました。その中で も『El prisionero trece』、『El compadre Mendoza』、そして『La mujer del puerto』 といった映画が人気を集め、1934年は 『chucho el roto』、『El fantasma del convento』、『Don monjes y cruz Diablo』、1 935年にフェルナンド・フエンテスの『Vá monos con Pancho Villa』がヒットしまし た。1936年にはメキシコで初めて英語字 幕が用いられた『Allá en el rancho grande』が上映され、そして1942年に同じく フェルナンド・フエンテスがメキシコで初と なるカラーでの映画撮影に成功します。

こうした努力が実ってこの後の20年間、メ キシコ映画界に黄金時代が到来します。当 時のメキシコ映画界は現在のアメリカのハ リウッド同様に最先端技術を作り出し、撮 映画には「壁」はない メキシコ映画人が歩んだ道のその先 影技術の基本となるカメラとの間合いの取 り方や巨大な組み立てセット、そして脚本 にも主人公と脇役という今では当たり前と なった構成を先進的に取り入れたのです。 その結果、この時代の作品たちはカンヌ国 際映画祭やゴールデングローブ賞などのシ ョーレースに毎回名前が挙がるほどの優れ た作品を多く輩出し、実際に監督エミリオ・ フェルナンデス、撮影ガブリエル・フィゲロ ア、出演はドロレス・デル・リオ、ペドロ・ア ル・メンダリスの1944年公開の映画『マ リア・カンデラリア(原題:Maria Candelaria)』は、1946年のカンヌ国際映画祭で 現在の最高賞パルム・ドールにあたるグラ ンプリを獲得しています。

イスマエル・ロドリゲス監督の1948年公 開作品『Nosotros los pobres』に出演した ペドロ・インファンテは、この映画の出演を きっかけに国民的トップスターに上り詰め ました。同じくメキシコの三大スターとも言 われたホルヘ・ネグレテは、甘い言葉で何 人もの女性を誘惑する典型的なメキシカン ダンディーのイメージで人気を博し、同じ 時代に女優・歌手として活躍したマリア・フ ェリックスは、1943年公開の『Doña Bárbara』に出演後、その美しさや演技力が評 判となり、スペインやフランス、イタリアな どのヨーロッパでも成功を収めました。ま た、最初からハリウッドに進出して幾つか の映画に出演後、メキシコ映画界に戻って きたドロレス・デル・リオといった女優も存 在しました。彼女は先に登場した『マリア・ カンデラリア』などの作品でメキシコでも 大女優の地位を築きました。

こうしたメキシコ人の先駆者たちは世界中 で評判を呼び、その名声は映画の本場ハリ ウッドまで届きました。中でも俳優で監督 やプロデューサーとしても有名なアンソニ ー・クインは、1952年公開の『革命児サ パタ(原題:Viva Zapata!)』、1956年公 開の『炎の人ゴッホ(原題:Lust For Life) 』で2度のアカデミー助演男優賞を受賞し、 その他に1957年公開の『野生の息吹(原 題:Wild Is The Wind)』と1964年公開 の『その男ゾルバ(原題:Alexis Zorbas)』 では、アカデミー主演男優賞にノミネート されています。女優ではケティー・フラドが 1954年公開の『折れた槍(原題:Broken Lance)』でアカデミー助演女優賞に、俳優 部門だけでなく撮影監督のガブリエル・フ ィゲロアは1964年公開の『イグアナの夜 (原題:The Night of the Iguana)』でア カデミー撮影賞にノミネートされました。そ して1961年には女優のシルヴィア・ピナ ルが主演したルイス・ブニュエル監督作品『 ビリディアナ(原題:Viridiana)』が、カンヌ 国際映画祭のパルム・ドールを受賞してい ます。

そんな黄金期を迎えた裏で、この時代には チャップリンの世界的な人気などで既に喜 劇やコメディーが映画界の一大ジャンルを 築き上げ、そのチャップリンが飄々とした芸 風に「世界で最も偉大なコメディアン」と高 く評価し、実力と人気を誇ったカンティン フラスや通称「Tin Tan」ことヘルマン・バル デスのようなコメディアンがメキシコ映画 界にも登場します。このブームに乗ってその 後、こうした大衆迎合に特化した映画の製 作にフォーカスしていきます。ルチャ・リブ レの人気プロレスラーが登場するメロドラ マやラテンの音楽とダンスを中心に構成し たルンベーラ系の映画などが数多く製作さ れたのですが、全般的に黄金期のようなク オリティの高さが見られず、メキシコ映画界 は暗黒時代を迎えてしまいます。

1983年にIMCINE(メキシコ映画公 社)が創設され、彼らが暗いトンネルの中 で着実に努力を重ね続けた結果、映画全 般に関わるクオリティは再び上昇気流を見 せ、その後はまさに「メキシコ映画界の新 時代」とも呼べる新たな幕が開けました。 2002年公開のディエゴ・ルナなどが出演 した、メキシコ人女性画家の生涯を描いた 『フリーダ』は、アメリカでも高評価を得ま した。主人公フリーダ・カーロを演じたメキ シコ出身の女優サルマ・ハエックは、アカデ ミー主演女優賞にノミネートされました。 そして2006年は当たり年とも言える嬉し い出来事が続きます。この年に公開された メキシコ人のガエル・ガルシア・ベルナル、 役所広司や菊地凛子が出演したことで日本 でも話題になった『バベル』は、翌年に行 われたアカデミー賞で7部門にノミネート して、そのうちのひとつ助演女優賞にメキシ コ人のアドリアナ・バラッザの名前がありま した。同じく2006年に公開された『パン ズ・ラビリンス(原題:El laberinto del fauno)』は脚本賞をはじめ6部門にノミネート し、エウヘニオ・カバイェーロが美術賞、ギ レルモ・ナヴァロが撮影賞、その他メイクア ップ賞にも輝き、メキシコ人監督のギレル モ・デル・トロの作品がオスカーを3つ手に 入れたのです。

その後もメキシコ出身の映画人の快進撃 は続きます。撮影監督であるエマニュエ ル・ルベツキは2013年公開の『ゼロ・グ ラビティ』、2014年公開の『バードマン  あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇 跡)』、2015年公開の『レヴェナント:蘇 えりし者』でアカデミー撮影賞を3年連続 で獲得したのです。この史上初の3年連続 受賞は、まさしく世界の映画界の歴史に刻 む一大快挙です。 映画監督のアルフォンソ・キュアロンは弟の カルロスと脚本を書き、メキシコ人キャスト で制作した2001年公開の『天国の口、終 りの楽園。(原題:Y tu mamá también) 』で、ヴェネチア国際映画祭の最優秀脚本 賞を受賞しました。ちなみにこの作品はメ ガヒットを記録し、当時の国内興行収入歴 代1位に輝いています。2006年公開の『 トゥモロー・ワールド(原題:Los hijos de los hombres)』ではアカデミー賞3部門に ノミネートするなど、映画人として着実に活 躍の階段を上り、2013年公開の『ゼロ・ グラビティ』で最多7部門受賞と翌年のア カデミー賞を席巻し、彼は監督賞、編集賞 を受賞した初のラテンアメリカ人となりまし た。

また、この年のアカデミー賞では、アメ リカでの12年間もの奴隷体験を描いた作 品『それでも夜は明ける』で、ケニアにルー ツを持つルピタ・ニョンゴがメキシコ人とし て初めて助演女優賞に輝いています。 その他に映画監督で脚本家のアレハンド ロ・イニャリトゥは、2000年公開の『アモ ーレス・ペロス』でアカデミー外国映画賞に ノミネート。『バードマン あるいは(無知 がもたらす予期せぬ奇跡)』で作品賞、監督 賞、脚本賞の3部門でオスカーを手にし、 翌2016年のアカデミー賞でも『レヴェナ ント:蘇えりし者』で監督賞を受賞していま す。

そして今年のアカデミー賞で『シェイプ・オ ブ・ウォーター』の作品で監督賞と作品賞の 2冠に輝いたギレルモ・デル・トロの姿は 記憶に新しいことでしょう。彼は授賞式の スピーチでこう語りました。 「私は移民です。ここにいる多くの皆さん のように。私はこの国に25年住んでいま す。自分の一部はここにあり、一部はヨーロ ッパにあり、一部は他の国にあるのです。映 画の良いところは、砂の上に引かれた境界 線を消す手助けをしてくれるところです。」 現在のハリウッドにとってメキシコの映画 人が欠かせない存在になっていることは間 違いありません。秘めた才能を多くの人が 求め、その存在価値は日々高まっています。 これからもメキシコは全世界の人々を驚か せ、喜ばせる源泉として映画人を育み、多く の才能が簡単に「壁」や「線」を越えて世 界中に素晴らしい輝きを与えることになる でしょう。

<参考文献&サイト>

・AMACC-ACADEMIA MEXICANA DE ARTES Y CIENCIAS CINEMATOGRAFICAS:http://www.amacc.org. mx ・DE LOS REYES, Aurelio. MEDIO SIGLO DE CINE MEXICANO (1896-1947). Edit. Trillas, México, 1987, p.17

・BENÍTEZ, Fernando. HISTORIA DE LA CIUDAD DE MEXICO. EDIT. Salvat, Barcelona 1984, Vol.8, p.68 ・WARP MAGAZINE:http://warp.la/los-mexicanosque-han-ganado-o-han-sido-nominados-a-un-oscar-176682

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