グアナフアトを駆け巡れ!ラリー・メキシコの歴史と恩恵

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 ヴェロニカ・プラソラ

 

 

日本ではラリー・メキシコとして知られる「コロナ・グアナフアト・ラリー(ラリー・メキシコ)」は15年前から始まり、今やWRC(世界ラリー選手権)の歴史に名を刻むほどの世界的イベントとして多くのラリーファンから熱い眼差しを集めています。このラリー・メキシコはWRCが世界各国で行う全13戦のうちの1戦で、年ごとにメキシコ色を打ち出し、大会自体のクオリティはトップクラスとの評判です。舞台はレオンやグアナフアトにシラオ、そしてイラプアト。まさにグアナフアト州全体がラリーのステージとなるのです。

 

このラリー・メキシコは、ヨーロッパ以外で開催されるWRCでは数少ない大会のひとつです。第1戦のモンテカルロは舗装路面のターマック、第2戦は雪のスウェーデンとヨーロッパ遠征に続く第3戦として、ラリーカー本来のダイナミックな走りが見られる砂利、砂地路面のグラベルで行われるシーズン最初の大会です。そしてそこにメキシコが他のコースと明らかに違う特徴が加わります。

 

出場するチームを悩ませるのはコース全体の高い標高で、そこでは高地ならでは問題が発生します。最高で2700mの標高を超えるステージなどがあるラリー・メキシコはコース全体で空気が薄く、車の吸気に大きな影響を与えるために他のコースと比べて平均で30%ほどメカニカルパフォーマンスが低下します。優勝争いをするためにはドライバーの腕はもちろんのこと、レース前にコース状況や車、環境のことを充分に理解できた開発技術者のアプローチやメカニックたちのセッティングがカギとも言えるでしょう。

 

さて、ラリー・メキシコの歴史を紐解いてみると、2004年の第1回大会の初代ウィナーに輝いたのは、フォード・フォーカスWRCで参戦したエストニア人ドライバーのマルコ・マルティン選手とナビゲーターであるコ・ドライバーのマイケル・パーク選手です。そしてこのラリーの最多優勝回数を誇っているのが、年間ドライバーズチャンピオンで前人未到の9連覇を果たしたラリー界の絶対王者であるフランス人のセバスチャン・ローブ選手です。彼は2006~2012年にかけてシトロエンで連続優勝を果たしています。2009年に一度その記録が途絶えていますが、この年は開催地のローテンション制などの関係でラリー・メキシコがWRCのカレンダーから外れたためであり、彼が負けたわけではありません。

 

その空白の2009年にはラリーの国別対抗戦である「ラリー・オブ・ネイションズ」がグアナフアトで開催されました。個人戦のウィナーは、偉大なドライバーの一人であるオーストリアのマンフレッド・ストール選手で、国別戦ではダニ・ソラ選手とチャビ・ポンス選手のスペイン代表が優勝しました。

 

WRCのラリー・メキシコに話を戻して、絶対王者であるローブ選手がWRCを去った後、その座を奪ったのは同じフランス人ドライバーで、年間ドライバーズチャンピオンを5度獲得して王者の名を継承したセバスチャン・オジェ選手です。彼はフォルクスワーゲン・ポロ・R・WRCを駆り2013~2015年の3年連続でラリー・メキシコを制覇しています。しかし、9年間支配したフランスの牙城が崩れます。一昨年の2016年で優勝したのが、オジェ選手と同じフォルクスワーゲンを操るフィンランドのベテランドライバー、ヤリ=マティ・ラトバラ選手です。彼は現在、トヨタ・ヤリスWRC(日本名はヴィッツ)のハンドルを握り活躍しています。

 

昨年の大会を制覇したのは、シトロエンに乗るイギリス人ドライバーのクリス・ミーク選手。レースはドラマチックな展開を見せてある意味、ラリー・メキシコの歴史に残るものでした。ゴール数メートル手前でコースアウトした彼の車は、ファンが車を止めていた駐車スペースに飛び込んでしまい、それらをよけながらコースに復帰して1位をキープするというスゴ技を見せました。ただし、それを背筋が凍る思いで口を開けて見守っていた彼のチームスタッフたちの様子をテレビは大々的に映し出し、見る者の笑いを誘いました。

Sebastien Loeb (FRA) performs during FIA World Rally Championship 2018 in Leon, Mexico on 8.03.2018 // Jaanus Ree/Red Bull Content Pool // AP-1UZ7W6VHD2111 // Usage for editorial use only // Please go to www.redbullcontentpool.com for further information. //

そして今年の3月に行われた大会では、偉大な2人のセバスチャンの戦いに注目が集まりました。現王者のオジェ選手と今年WRCに復帰した絶対王者ローブ選手との戦いです。熱戦を制したのはオジェ選手で、ローブ選手はパンクにより大幅にタイムロスしたことが敗因となりました。絶対王者を超えるという長年の夢を、彼はこのラリー・メキシコで叶えたのです。

 

15年の歴史を持つラリー・メキシコこと「コロナ・グアナフアト・ラリー」では様々な感動が生まれ、また、多くのレジェンドドライバーが参戦し、メキシコのファンに興奮や衝撃を与えてアドレナリンを全開にさせてきました。他のスポーツとは違ってコースの状況が刻一刻と変わり、レース中に何が起こるか予測すらできず、そんな過酷な環境で1秒以下の世界でせめぎあうドライバーたちの極限の走りはまさにスリリングであり、その限界と崩壊が紙一重に存在する手に汗握る躍動こそが見る者全てを熱くするのです。

 

ところでメキシコのファンは、ラリーを開催しているだけで熱くなっているわけではありません。今年もWRC2クラスにエントリーして第一線で活躍しているメキシコ人ドライバーのベニート・ゲラJr選手の存在が盛り上がりに火を付けました。彼は2012年に今のWRC2クラスの前身にあたるPWRC(プロダクションカー世界ラリー選手権)で、メキシコ人初となる年間チャンピオンに輝くほどの実力の持ち主なのです。ちなみにこのWRC2クラスでは、今年の第2戦ラリー・スウェーデンで日本人ドライバーの勝田貴元選手が勝利しています。

 

最後にもうひとつ。ラリー・メキシコがWRCの公式カレンダーに組み込まれ初めて開催したのが2004年。この成果は何年にも及ぶ努力の賜物で、メキシコが世界標準のコースであり、イベント的にも成功できる可能性を秘めていることを訴え、証明し続けた結果、開催にこぎつけることができました。そして今ではその証明の通り、このイベントのために50万人以上の人がこの地を訪れ、町に絶大なる経済効果を生み出すまでに成長しました。そうやって歴史という時計の針を進めたラリー・メキシコの恩恵はモータースポーツの分野だけに止まらず、一般の人々にまで広まっています。普段利用している山岳地帯の道路がラリーのために整備されたおかげで周辺住民の生活が格段に改善されるなど、波及効果を生み出しているのです。更にこの15年間にあらゆる健康増進プログラムが設けられ、病気などの予防の啓発、車いすへの理解など、何千ものプログラムがグアナフアトの住民を対象に行われて彼らの健康を支えています。

 

「コロナ・グアナフアト・ラリー」は、グアナフアトを走り回る単なるレースではなく、人々に可能性と未来をもたらす成長の道のりを駆け出し、その更なる発展は、人々の興奮と躍動によって生み出されていくのです。

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