コリードとナルココリード 伝統的な語り歌の今昔物語

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18世紀に生まれたコリード【corridos】は、実際に起きた話や想像上の話を詩にした語り歌のことです。人の生や死、風景、動物や物、不幸な愛、戦争の悲運、偉大な思想を持つ人や残虐な思想持つ英雄など、そのテーマは多岐にわたります。ほとんどがシンプルな歌詞で今、ここで何が起きているかを伝えるものとして、時代を超え愛されて歌われています。

コリードは、単なる音楽ジャンルのひとつという枠を越え、誰にでも簡単に物事を伝えられるということから、世の中を事柄を伝えるメディアとしての社会的機能を果たしています。例えば、人の人生を語る手段としてお葬式で故人を偲ぶために歌われます。その人がいつどこで生まれ、どんな人生を歩み、どんな死を向かえ、どのように神と向き合ったかなど、故人を思い浮かべる詩を作り、最後にメキシコ人が故人をたむける際によく使われる詩の中の「小鳥よ、小鳥よ、飛んでいけ」といった一節を盛り込むのです。

メキシコ革命時代には頻繁に戦闘が行われたこともあり、その闘いの内容がテーマとして歌われて一大ブームを起こしました。当時の歌で今も歌われる一番有名なものが「ラ・クカラーチャ【La Cucaracha】」です。これは、革命時代の英雄パンチョ・ビリャを応援する歌で、メキシコ人気質の言葉を用いて宿敵である当時の大統領ベヌスティアーノ・カランサの評判を落とすため、「ラ・クカラーチャ(意味はゴキブリ)」と叫んでは侮辱し、パンチョ・ビリャの軍隊がいかにたくましく、そしてその功績がいかに素晴らしいかを褒め称えたのです。

同じく革命時代のものに女性や愛をテーマにしたものもありますが、Juan CharrasqueadoやGabino Barrera、そして先程のパンチョ・ビリャといった当時の人気者が恋人と歩んだ道のりを題材にしたもので、女たらしで無責任、テキーラやメスカルが大好きで、パーティー好きの遊び人の男たち、そんな歌だらけでした。

そしていくつもの時代を経て、醸成されたメキシコの遺産と呼べるコリードは、20世紀に入って意外なところから一大ブームを沸き起こします。それが「ナルココリード【Narcocorridos】」です。このナルコとは、本来は麻薬密輸という意味ですが、そこから派生して麻薬マフィアのことを指します。この歌では、麻薬マフィアが「成功して贅沢三昧している人たち」のように表現され、麻薬に関われば楽にお金が稼げると吹聴するかのように高らかに歌います。そうすると貧困層は、この歌が苦しい生活の中から生まれる奇跡をうたった「聖歌」や「人生のバイブル」のように聞こえてくるのです。

時はメキシコからアメリカへの麻薬ルートが拡大した時期、皮肉にもこれがコリードにとって新たな時代の幕開けになったのです。

1930年代にこの違法な薬物を巡って様々な暴力が生まれ、そして、それら暴力やマフィアを称えるナルココリードが初めて誕生しました。それがホセ・ロサレスが作った「エル・パブローテ【El Pablote】」です。テキサス州エルパソで1931年に収録されたこの曲は、チワワ州出身で20世紀初めにマフィアのボスであったパブロ・ゴンザレスを題材にしています。1934年にはマヌエル・バルデスの「モルヒネとコカイン【Por morfina y cocaína】」、ホアン・ガイタンの「エル・コントラバンディスタ【El Contrabandista】」などの有名な歌が立て続けに発表されました。共に刑務所送りとなったドラッグディーラーの視点から描かれた歌です。

70年代に入ると、マフィアのボスが偉大な冒険家のように歌われ、その偉業を称える歌が流れ出します。その中には貧しい人に支援を差し伸べ、ナルコの聖人として崇拝されている「ヘスス・マルベルデ」ことヘスス・フアレス・マソをテーマにしたものもあります。1972年のロス・ティグレス・デル・ノルテが歌う「コントラバンド・イ・トライシオン【Contrabando y traición】」が発表されると大ヒットし、麻薬組織だけでなく一般の人までに愛される歌になりました。80年代にはロス・トゥカネス・デ・ティファナが活躍し、90年代には「カリロ・フアレス【Chalino Juárez】」という歌が大流行しました。このサブカルチャーだった音楽を一気にメインカルチャーへと引き上げたのです。

巧みに麻薬を密売するマフィア。暗殺者のその残忍な腕前。そんな過激な歌詞が聴衆を引き付け、ナルココリードがメジャーにのし上がった結果、過激で危険過ぎるとして禁止する動きも出てきます。そんななか、本当に危険なことがナルココリードの人気歌手に起こります。「エル・ガロ・デ・オーロ【El Gallo de Oro】」の愛称で知られるバレンティン・エリサルデは、タマウリパス州レイノサのコンサート終わりに射殺されました。27歳という若さでした。歌の中で他のマフィアを侮辱したといったものや麻薬王の恋人に手を出したなど、多くの噂が流れましたが事実は闇の中です。

ボスの偉業を称えようが、他人に暴力を誇示しようが、違法薬物でリッチになれると吹聴しようが、ナルココリードが危険だということをこの事件が物語っていると言えるでしょう。革命時代に社会の真実を描き一大ブームを引き起こしたコリードですが、現在のナルココリードは人間の生と死を歌の世界だけでなく、メキシコのほの暗いリアルを描いている、そう言えるのかもしれません。
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