世論調査の信頼性と盲点大統領選挙の展望その5

 -  - 


 2018年7月1日の大統領選挙について、現在どんなことが一番話題になっているのか。それはもうおわかりですね。下馬評通りロペス・オブラドール候補がメキシコの大統領になれるかどうかです。

ただ、ここで疑問があります。メキシコの支持率に関する世論調査は、人々の考えを如実に表しているのかという点です。世論調査とは違う結果が出ることは、はたしてないのでしょうか。近年の世界を見渡せば、イギリスのEU離脱に関する国民投票やヒラリー・クリントン氏が敗北した2016年のアメリカ大統領選挙は、直前の世論調査と開票結果が違ったものとなったと言えるでしょう。メキシコにもそれらと同様に違ったものが過去にはありました。こうした状況に調査を行う民間企業などに批判が沸き上っているのも事実です。

世論調査には規定や方法が多数存在し、また調査する企業も多数あります。したがって正確性の担保から調査後に検証のための意見交換が行われます。その検証次第によっては様々な解釈が生まれ、調査結果を思い通りの結果に導く道具にすることもできるのです。

例えば、自分たちに有利な調査を選び、その良い結果をアピールするキャンペーンを行って自分たちの支持層を満足させては選挙戦のモチベーションを高め、その盛り上がりが優勢と見えれば更なる支持が得られるでしょう。逆に悪い結果が出た候補者は、調査方法などを猛烈に批判してその結果は嘘だと叫び続けるでしょう。事と次第によっては世論調査が「選挙の七つ道具」程度に成り下がってしまう可能性もあるのです。

では現実に戻って、今回の大統領選挙はどうなっているのでしょうか。

現在、どの世論調査でも1位がロペス・オブラドール候補で、2位に15ポイント以上の差をつけています。ロペス・オブラドール候補は、言わば今回の候補者の中で一番過激と言われ、メキシコシティの新空港計画について疑問視しているほか、大企業にも無理難題を押し付けては賛否両論を巻き起こしています。また、教師の評価システムにも改革の手を入れようとしており、その背後には彼が大統領になった暁には教育現場で確固たる地位を手に入れたいと考える、緊密な連携体制を組んだ教育改革の運動家たちがいると言われています。ただ、彼が所属する政党のMORENAは、ほとんどがPRD(民主革命党)やPRI(制度的革命党)といった既存政党に反対する勢力が基盤なので、したがってどの州にも知事を務める党員はいません。しかしながら、彼が市長だったメキシコシティでは絶大な人気を誇っているほか、メキシコ南部ではかなりの影響力があります。

2位に位置しているのは、保守派で最大野党であるPAN(国民行動党)のリカルド・アナヤ・コルテス候補で、左派のPRDや中道右派のMC(市民運動)と思想的にはねじれが生じた連携を取っています。39歳と若いですが弁論やスピーチにはとても定評があり、3つの巨大政党の候補者となりました。党内の候補者レースで対抗馬であったメキシコシティ市長のミゲル・アンヘル・マンセラ氏は上院議員候補となり、また、つい最近まで無所属で大統領選挙に出馬していたカルデロン前大統領の妻であるマルガリータ・ザバラ氏とは、結果的に戦わずして勝利した形となりました。彼女は独立候補として4月から選挙戦を戦いましたが、5月中旬に支持率低迷を理由に突然の撤退表明をしました。現在PANなどのこの野党連合は16州を押さえていますが、そのうちの人は別の候補者を支持すると表明しています。

3位に位置するのは、与党PRIやPVEM(メキシコ環境主義緑の党)、PANAL(新同盟党)といった政党連合からの公認候補であるホセ・アントニオ・ミード候補で、現在15州の知事がこの連合の党員となっています。しかし、与党のPRIは、度重なる汚職や治安の悪化で国民から猛烈な批判を受けており、政党の中で最も支持を失っている状態です。そしてペニャニエト大統領の支持率も過去最低を記録し、政党基盤は大きいがとても盤石とは言えず、それだけに大統領選挙では一番苦戦を強いられる候補者と予想されています。

4位になっているのが支持率5%ほどのハイメ・ロドリゲス候補です。彼は北部にあるヌエボレオン州の知事で、政党公認は受けずに独立候補として大統領になることを望んでいます。

ここまで今回の大統領選挙の現状を候補者サイドから見ましたが、次に世論調査にも大きく関係する有権者サイドからのメキシコの選挙構造を見ていきましょう。それにはまず、有権者が投ずる票は様々な種類に分類できることを理解しなければいけません。ここでは「自由票」「固定票」「条件付き票」「浮動票」とそれぞれに定義します。

「自由票」とは、候補者の主張や政党の公約などに影響されず、有権者自身の強い自由意志によって投票される票のことです。

「固定票」とは、過去の選挙結果から特定の政党に入ると見込まれる票のことです。特定政党の政治思想や信条に理解を示す確固たる支持層の票や有権者が属する団体や集団の慣習によって投じられる票も含みます。

「条件付き票」とは、第三者によって特定の有権者に影響が与えられ、その影響力が動機となって投票される票のことです。わかりやすく例を挙げると、メキシコの選挙法は、いかなる社会活動は投票を制限してはいけないと有権者の保護を掲げていますが、選挙前に政府や役人などが不足を補い生活の質の向上させるという大義名分の下、失業者や低所得者対策として給付金の交付やインフラ整備などをちらつかせ、それにより貧困層の票が影響を受けるなど、特殊な境遇下にいる有権者の意思が反映されない票とも言えます。

「浮動票」とは、投票する理由に一貫性が無い未確定な票のことです。誰に投票するかは決めていませんが、個人の利益より集団の利益を考えて決める傾向があります。候補者に対する同情や反感、その時の風潮や社会的バランスに大きく動かされるため、有権者の意見が最も反映されている有益な票として位置付けされています。

各社世論調査によると、ロペス・オブラドール候補が40%以上の支持を得ていますが、逆から見ると60%は彼を支持しておらず、この状況を大きく捉えると、激しい選挙戦が繰り広げられる現在でも票は二分しているとも言えるのです。

そこで「条件付き票」と「浮動票」が大きく関係します。世論調査では投票したい人を選んでも目の前の「飴」を求めて投票先を変更したり、2016年のアメリカ大統領選挙のように選挙戦の最終盤で大きく風向きが変わるなど、彼らにとって候補者を決める要素が不安定な状態でまだ多く存在し、最終的に投票する候補を変えることは十分に考えられます。

そして最後に各政党がどのくらい州の政権を握っているのか、その数を確認してみましょう。PRIなどの連携が15州。PAN、PRD、MCによる連携が16州(実質14州)。無所属候補が州。大きな政党は長い年月をかけて「maquinaria electoral」と呼ばれる社会構造を構築し、あらゆる地域社会に影響力を張り巡らしています。これにより個人的で自由な行動を抑え、特定の候補者へ投票させる集団を作り上げているのです。そのために「歴史的な選挙戦」とメディアが大きく扱った選挙でも、巷の予想や世論調査とは全く違う候補者が当選するという、そんなことが起きるのもメキシコの選挙なのです。つまり、投票までカ月を切った現段階においても世論調査を完全に信じられるとは言い難い状況なのです。

世論調査の数字だけを見てみると、特定の候補者が既に勝利していると思えるかもしれませんが、日の大統領選挙にはどんな風が吹き、果たして世論調査の結果通りになるのでしょうか。

 

bookmark icon