第1回討論会を終えて 2018年メキシコ大統領選挙の展望

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■本格的な選挙戦のスタート

7月1日には大統領選挙に併せて上下両院や知事選挙も行われます。実際、8つの知事選挙のほかにメキシコシティ市長選挙など、30州に渡る大きな規模となっています。

民主主義や多元主義を進めるべくINE(全国選挙機関)は、今回の大統領選挙に向けて有権者が大統領を決めるための場として、計3回の討論会を行います。

その第1回討論会が4月22日にメキシコシティのUNAM(メキシコ自治大学)にあるPalacio de mineríaで行われ、3カ月もの選挙戦を戦う大統領候補者たちによる舌戦がくり広げられました。

主題は「政治と政府」で、議題として挙ったのは「公共の治安とはびこる暴力について」、「蔓延している汚職と高い無処罰率について」、「民主主義や多元主義、社会的弱者について」でした。

現政権が直面している問題は、治安の悪化や汚職との闘い、そして構造改革です。この構造改革とは主に憲法改正のことで、政府システムを改革することを推進させるものを表し、いくつもの政権が「教育改革」、「エネルギー改革」、「税制改革」、「労働改革」、「法制度の整備」、「政府の透明性・監視・説明責任」という名目で行ってきましたが、それぞれが先延ばしされているような現状です。

国民に行き渡らないこれらの改革の結果は、全国、州、地方自治体などのあらゆるレベルにおいて現政権の対立候補の批判の材料にされました。今、政治家たちに対して疑問を投げかける国民が急増しており、政府が問題を解決できないことに反感や不信感を募らせています。

■5人による大統領の椅子を賭けた戦い

4月1日から選挙戦が本格的に始まりました。大統領選挙には以下の5人が立候補しています。

リカルド・アナヤ・コルテス氏(39歳)は弁護士で、「Por México al Frente(メキシコのための前進)」という野党連合の公認候補です。「Por México al Frente」は、中道右派で最大野党のPAN(国民行動党)と左派のPRD(民主革命党)、MC(市民運動)が連携しています。支持率は現在第2位です。

僅差で続く支持率第3位は、与党PRI(制度的革命党)の公認候補であるホセ・アントニオ・ミード氏(49歳)です。ミード氏は、現政権のペニャ・ニエト大統領の下で外務大臣、社会開発大臣、財務大臣を歴任しました。PRIは第4の政党であるPVEM(メキシコ環境主義緑の党)と協力体制を築いています。この2つの党は、教育関係の労働組合と強力な関係体制にあるPANAL(新同盟党)と共に「Todos por México(我々は皆メキシコ)」という選挙協力を構築しましたが、PRIの知事たちなどの汚職が多く表面化し、また、現政権での犯罪の増加によって国民から信頼を得られていないことから、PRI自体の支持率が史上最低なものとなっています。

中道左派でメキシコシティ元市長のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール氏(64歳)はイニシャルをとった愛称のAMLOと呼ばれ、支持率のトップを走っています。大統領選挙に挑むのが今回で3度目となり、自らが設立した党であるMORENA(国家再生運動)の公認候補です。MORENAは、左派のあまりメジャーではないPT(労働党)や保守右派のPES(社会集会党)と「一緒に歴史を作る」というスローガンのもとで連携しています。

マルガリータ・サバラ氏(50歳)は、2006年から2012年に大統領職を務めたフェリペ・カルデロン氏の夫人です。弁護士でもあるサバラ氏は元々PAN所属でしたが、公認を得られなかったことから独立候補として挑みます。メキシコで独立候補が大統領選挙に立候補するのは今回が初めてで、支持率は1桁でありながらも全体の第4位につけています。

最後は、ハイメ・ロドリゲス氏(60歳)で「ブランコ(白)」という異名が有名です。工業地区のヌエボレオン州の現知事で、以前はPRIの知事が州政府を運営していましたが、独立候補として立候補したロドリゲス氏が50%もの票を得て当選しました。現在、その偉業を大統領選挙でも達成しようと試みていますが、2年ほどしか知事職を務めておらず、成果も上がっていないことから、今回の選挙の支持率は最低ラインで推移しています。

■過去の討論会では何が議論されたのか

今回の第1回目の討論会も過去の討論会を踏襲したものになりました。候補者や候補者を支持する政党に賛同する意見を表明するほか、反対に批判的な主張を行う場となりました。

2000~2006年に大統領を務めたPAN所属のビセンテ・フォックス氏は、PVEMと連携して70年間続いたPRI政権を倒した初の大統領でした。彼は、対立候補が自分を猛烈に批判するような議論を煽動して有権者から同情を得て、また、マスメディア上に於いても対立候補が同じような手段を取らせないように企てることで、多くの支持を集めたタイプの政治家でした。

その次のカルデロン前大統領も討論会で支持を集めたタイプの政治家でした。この時の対立候補はロペスオブラドール氏で、当時彼に追い風が吹いていましたが、怒りの姿勢でカルデロン氏を批判するキャンペーンを展開したことで支持を失っていきました。特に第2回目の討論会で有権者を納得させることができなかったことが決定打になったと指摘されており、その結果、2006年のロペス・オブラドール氏は、わずか0.5%の差でカルデロン氏に敗れました。

今回の選挙でも現時点でロペス・オブラドール氏が2位に10ポイント以上も差をつける追い風が吹いていますが、今回は3つの主要政党が事実上同じ支持率であることから、過去の選挙戦とは少し変わった様相を呈していると分析されています。

■今回の討論会の内容

候補者討論会は、候補者たちが有権者にどのような戦略を持っているのかなどのアイデアを示すもので、有権者に納得してもらって支持を得ることが目的です。

今回の議論の中心は「治安と暴力」でしたが、そこで候補者たちはお互いを激しく非難し合っただけで、今回の討論会は有権者を納得させるようなものではありませんでした。

ロペス・オブラドール氏の後塵を拝している他の候補者たちは、メディアを通じて支持を得ようとロペス・オブラドール氏の提案や市長時代の手腕に疑問を投げかけました。過去2度の選挙戦でも同じく、ロペス・オブラドール氏は討論会が不得意なようで、今回の討論会でも議論を好まない様子が窺えました。他の候補者たちもこうした弱みを熟知しており、彼がミスをして支持を得られないように質問に罠を仕掛け、ロペス・オブラドール氏もまた多くの質問を受けることで起こるリスクを十分にわかったうえで攻撃的な主張にならないように慎重な議論に努めましたが、その結果、対立候補からの応戦に回る苦しい状況がいくつか見られました。

ただ、その中でも有効的な提案だったのは、アナヤ氏のイタリアの情報機関が行ったマフィアを解体するモデルを参考にするものや、ロペス・オブラドール氏の中南米で行われている恩赦を与えるものなどの他国で行っているケースを転用する案や、サバラ氏の軍の協力による訓練や武器の強化を図る警察組織強化案という万人受けするものもありました。

また、司法権の独立を尊重しなければならない中で、その執行者である検察官などの任命を誰が行うのかの明確な判断を憲法と法制の改革ではっきりと定められなかったため、成果が不十分であるという意見もありました。ロペス・オブラドール氏はこの件に関して大統領に一任することを提案しましたが、アナヤ氏はそれでは司法の独立性が保たれないと疑問を投げ掛けました。ミード氏は、閣僚経験で行政に熟知していることから、政府が提案してきた改革案は厳密さ持っていると主張しましたが、彼は与党の公認候補であり、その政権下で治安が悪化していることから説得力に欠ける主張となりました。

すでにおわかりのとおり、全体的には候補者から提案された政策は実用性に欠けたものばかりでした。単にメキシコが現在抱えている問題を浮き彫りにしただけで、具体的な解決策を語ることはありませんでした。反対に彼らは実際に取り組むべき価値のある提案よりも、対立候補を批判することに重点を置いたとも言えるでしょう。今回の討論会は、先に述べたとおり過去の討論会を踏襲したもので、他の候補者たちのミスに付け込み、その結果によって最終的な選挙結果が決まってしまうような、そんな討論会になってしまいました。

■今後の選挙戦の行方

とは言うものの討論会は、過去に比べて格段に進化しており、今では候補者が疑問を投げ掛けられてもすぐに返答でき、また、司会者が疑問を投げ掛けて、過去にはない深みのある議論が垣間見えるようになったのも確かです。

そして討論会のデータや結果も素早く発表されるようになり、複数の専門の調査会社などが行った調査によると、今回の討論会で支持率が第2位であるアナヤ氏が一番議論に参加していたと評価されています。彼はこの勢いに乗って残りの2カ月間で一気に差を詰め、討論会がアキレス腱であるロペス・オブラドール氏のちょっとしたミスで順位が逆転する可能性もあるという、討論会の前には無かった予想も出ているほどです。

まだ2回の討論会が残っており、5人の候補者たちは甘んじることなくチームで対策を練り、残りの討論会を大きなステップアップの場と位置付け、長い選挙戦を有利に戦えるように着々と準備しています。

次回の第2回目の討論会は、5月20日に北部にあるバハカリフォルニア自治大学ティフアナ校で行われます。その主題は「世界の中のメキシコ」で「外国との貿易と投資について」、「国境のセキュリティについて」、「越境犯罪と移民の権利について」が議題です。最終の第3回目は、6月12日にユカタン半島のメリダにあるメリダマヤ博物館で行われます。ここでの主題は「経済と開発」で、「経済成長と貧困と不平等について」、「教育・科学・技術について」、「持続性のある開発と気候変動について」が議題として挙げられる予定です。

 

 

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